慧燈財団 事務局長 小西誠の挨拶

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慧燈財団 事務局長 小西誠の挨拶

 

 「光陰矢の如し」とは世間でよく言われますが、私が慧燈財団の職員に成ってからも実にいろいろな出来事が次から次へと目の前を過ぎて往きました。

 その中でも私にとって、その後の生涯を左右するような出来事が幾つか通り過ぎて往ってしまいました。それは、調前理事長との出会いであったり、慧燈財団の活動を通して知った戦中戦後に於けるタイ北部のタイ人と日本兵士との間にあった友情の物語であったりします。

 調前理事長は浄土真宗西本願寺派「因通寺」(佐賀県)の第16世御住職であられた方で、その道に於かれましても偉大な方として尊敬を集められた方です。その御仏の道を衆生に示す聖職者としての調前理事長も私は慕っておりましたが、私は、アセアン諸国の人々と日本の友好の為に生涯を賭して活動を続けておられた調前理事長を深く尊敬しておりました。

 そんな調前理事長が昨年亡くなり、その後数ヶ月して慧燈財団事務局の先任が退職し、私が事務局を預かる事務局長に任命されたのですが、それからの引継ぎは大変な作業でした。なにせ慧燈財団のタイ国に於ける活動は 、 慧燈財団の前身である「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼委員会」から数えると約20年にもなるのですから。

 事務局長として事務所に勤めだしてからの私は、膨大なファイルの整理からまず始めることにしました。

それらのファイルの中には、かなり昔のファイルもあり、私が知らない慧燈財団の職員の方達が作成された文書も、その中にはたくさんありました。 

 こういう事もあったんだ、そんな事もあったんだ、なるほどあの事は実はそういう事だったのか等と、ぶつぶつ独り言を言いながら書類の整理に没頭する私は傍から見ると変人に映ったかもしれません。

 その、私が知らない慧燈財団の先輩達や私も知っている慧燈財団の元職員だった方達が残しておいてくれた資料からは、慧燈財団の活動に対する当時の彼らの一生懸命さ、真面目さ、ひたむきさ、その情熱の真っ直ぐさ、葛藤等、様々な思いが私の心に伝わってくるのでした・・・。

 さて、慧燈財団の慧燈とは簡単に言うと「仏法が衆生を照らす光」という仏教用語から来た言葉ですが、慧燈財団が誕生して以来、その黎明期から今現在に至るまで、慧燈財団から発せられる衆生を照らす光は、困難にあえぐアジアの人達を包み込んでいるようでもあります。

    その慧燈の光が誕生した時点から現在のこの時点までを繋ぐ光線の中には、調前理事長を中心として、その時期その時節に尽力し活躍された方達の努力とご協力の跡が点在しています。 

 その点と点を繋ぎながら現時点まで続く光の線を絶やさぬよう、またその光の線を次世代のアセアン諸国の人達と日本の人達に手渡す事こそが、調前理事長の願いだったと思います。

 私は今、その慧燈の光をこの心身でしっかりと受け止めて、その光の線を絶やさないよう、またその光線の最先端に於いて光矢の鏃と成り、慧燈財団の活動理念である「アセアン諸国と日本の明るい未来の構築」の為に真っ直ぐ突き進む所存であります。

 しかしこの慧燈の光も皆様からのご支援ご協力なしには、輝き続けることは出来ません。

 今後とも皆様のご支援ご協力を賜わりますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

平成二十年  三月吉日

 慧燈財団事務局長 

小西 誠