遺 骨 収 集 活 動

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−遺 骨 収 集 活 動−

 

タイ・ビルマ方面に於ける遺骨収集活動の経緯

 

 タイ・ビルマ方面に於ける遺骨収集活動が戦後初めて行われたのは、公的記録によると昭和56年に第一次遺骨集収が、そして57年に第二次遺骨収集が戦友会と厚生省によって行われたと記録されています。

 

 資料によれば当時の遺骨収集により、タイ北部からは   柱、ビルマからは   柱またインドインパールから  柱が収集され計    名の英霊が祖国に帰還しました。

 

 それから7年の時が過ぎた平成元年、タイ人老僧と調寛雅前理事長の邂逅がきっかけとなり、慧燈財団そして福岡県の有志団体「明友会」・厚生省およびチェンマイ県芸術局による遺骨収集活動が再開されました。

 

 また平成5年にタイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑を建立してからは、北部タイのタイ国民より日本兵士の遺骨が埋葬されている箇所に関する多数の情報が慧燈財団に寄せられ、さらには慧燈財団が遺骨収集を行っているという情報がビルマにも飛び、シャン族を中心に多くのビルマ人たちが遺骨収集活動に協力してくださりました。このシャン族の方達が集めてきた遺骨の中には垃孟・騰越をはじめインパール近郊のものもあり、特にフーコン地区の遺骨が多くありました。

 こうして集められた遺骨の一部は日本へ持ち帰られ、持ち帰れなかった遺骨は荼毘に付され、タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑に納められました。

 

 現在でも日本兵士の遺骨に関する情報が慧燈財団に寄せられており、

慧燈財団と明友会は遺骨収集活動を毎年定期的に行っております。

 

 

遺骨収集を行う時期

 

 当財団では、遺骨収集活動を毎年3月初旬〜4月下旬にかけて行っております。

タイ北部などの熱帯性気候に属する地域は大きく分けて暑季・雨季・乾季の3季に1年を分ける事が出来ますが、3月〜4月は乾季に属しており、作業を行いやすいということと、タイの教育制度における長期休みがこの時期であること等が主な理由です。

 

情報収集

 

 遺骨収集活動は、当時実際に従軍した方達か現地のタイ人特に高齢者の情報が遺骨および遺品発掘の貴重な手がかりとなります。

 

 当財団では、現地人と交流多き現地職員が常に旧日本軍の遺骨・遺品関係に対する情報を収集しており、毎年集まった情報の中から信頼性のある情報順に現場へ向かい試掘調査を行っております。

 

遺骨が埋まっているメーホンソーン県ファイタヌン村

白骨街道

 

 

試掘

 

試掘とは、寄せられた情報を基に遺骨等が埋葬されているといわれている現場へ赴き、その周辺を試掘・調査することです。そこで実際に遺骨類が出てきた場合、それが旧日本軍関係の遺骨かどうかを現場の状況や当時を知る方達の証言そして遺骨の周辺から一緒に発見された遺品類などから判断し、

旧日本軍関係の遺骨と断定されれば、後日、本格的な発掘収集活動を行います。

 

 

 

旧軍関係者の遺骨判別法

 

  発見された遺骨が旧日本兵士の遺骨かどうかを判定する方法ですが、

旧日本兵士の遺骨の傍には何らかの遺品が一緒に発見される場合が多く、例えば、薬のビン・歯ブラシ・認識票・水筒・プラスティックのボタン・缶詰め・ペンの先の金属部分・テントのO型リングなどがよく発見されます。

 

 当時、タイ北部やミャンマーでこれらの品物を携行出来たのは専ら旧日本軍関係者であり、タイ人でこれらの品々を携行出来たのは高級官僚などのごく一部の者達だけですので、ジャングル等から発見された遺骨と共にこれらの遺品が周囲から発掘された場合、日本兵士の遺骨と思って間違いありません。

 

収集された遺骨とベルトのバックル

収集した遺骨を荼毘に付す調先生

 

 遺骨の発掘作業

 

試掘によりその遺骨が日本兵士のものであると断定された場合、手作業によって収集が行われます。特にタイでは人骨は霊が宿る神聖なものとして信仰されており、ショベルカーなどの重機を使っての作業は英霊を冒涜する行為であると考えられておりますので、南国のタイという場所柄、作業は大変ですが、鍬やスコップで地道に発掘作業を行っております。

 

遺骨収集活動